煙の重さ−映画『スモーク』
2009年5月13日水曜日 12:45

【映画『スモーク』】
公開:1995年 監督:ウェイン・ワン 出演:ハーヴェイ・カイテル ウィリアム・ハート
ニューヨークの下町といっていいのでしょうか。
ブルックリンの煙草屋を舞台に、そこに集う人々の姿を淡々と描いた作品。
登場人物は、毎日、同じ時刻に同じ街角の写真を撮り続ける煙草屋の主人、ヤク中の娘に悩む煙草屋主人の元恋人、家族を事故で失って執筆できなくなった小説家、小説家を交通事故から救った家出少年などなど。
皆、街並みに溶け込みそうな平凡な容姿。そして、何かしらワケ有りで、どこかに痛みを抱えているという、まあ普通の人々です。
映画は、こんなシーンから始まります。
煙草屋の主人と常連客がいつもの馬鹿話をしているところに、これも常連客の小説家がやってきます。
煙草屋の主人の「今、シガー(煙草)と女についての哲学話していた」という言葉を受け、小説家は英国に煙草を紹介したウォルター・ローリー卿のエピソードを語り出すのです。
小説家 : 「ウォルター・ローリー卿は宮廷にシガーを流行させた人物。エリザベス女王の寵愛を受け、女王をクィーン・ベッシーと呼んでいた。ある日、彼は女王に“シガーの煙の重さは量れる”と言った」
店の客 : 「馬鹿な・・・空気と同じだぜ」
小説家 : 「あるいは“魂は量れる”というようなものだ。 ローリー卿は利口な男で、まず新しいシガーを一本。 それを秤に乗せて重さを量った。 それからシガーに火をつけ、秤の皿に灰を落とした。 シガーを吸い終わると吸殻も皿に入れた。そして、灰と吸殻の重さを吸う前に量ったシガーの重さから差し引いた。 その差が“煙の重さ”だ」
立ち昇る煙草の煙は、重さを感じさせません。
空気より軽く、捉えがたい存在だと思っていました。
しかし、なるほど、煙にも重さがあるのですね。
煙の重さが量れるのなら、魂にも重さがあって、やはり量れるのかもしれません。
失った家族の存在や、離れ離れになった恋人や親や子への想い。
魂のように眼には見えない、煙のように捉えどころが無いものですが、これも確かに、しっかりとした重みをもつのだと思います。



